人生とは退屈なものだ

2026年10月25日日曜日

日常

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人生とは退屈なものだ。自分はそれなりに充実した生活を送っているつもりだ。
しかし、根っこの部分では常に退屈を感じている。そういった人は多いのではないだろうか。
ここでは、人生が退屈であることを少し言語化してみようと思う。

人生が退屈だと思っている人は結構多い

例えばGoogleで「人生 暇」で検索すると約10,400,000件ヒットする。1000万件以上だ。
つまりそれだけ退屈に感じている人がいるということだろう。

Yahoo!知恵袋にも、相談している人がいるようだ。相談してもどうしようもないが。
20~30代の若い人も多い。普通の会社員のような人、生活に困っているわけでもない。独身で趣味もないような人が多いように感じる。
いわゆる普通の人だ。自分も当てはまるのでよく分かる。
なにかを変えるわけではなく、ただ淡々と日々を過ごしている。

なぜ退屈なのか

人生がつまらないと感じる理由をいくつか挙げてみる
  • 長すぎる
  • 安定し過ぎている
  • 明日のことが分かり切っている
  • 休みにやりたいことがない
  • 責任がない
  • 何もしたくない

長すぎる

日本人の平均寿命は85歳くらいだ。
30歳の自分は、まだ先が50年以上ある。長い。
今後も寿命は延びていくだろう。長い。
特に張り合いがない生活をそれだけの時間送ることを想像するだけで嫌になってしまう。

安定している

現代の日本の一般家庭に生まれたら、基本的には普通に大人になれます。
普通に高校か大学を出て、就職して、安定した給料と生活を手に入れる人がほとんどなのではないだろうか。
この分かり切った人生に退屈を感じるのは仕方ないように思う。

そうだと分かっていながら、レールを外れる勇気やエネルギーもなく、毎日を淡々を過ごしている。

明日のことが分かり切っている

就職して普通の生活をしていると、明日や明後日のことは大体分かる。
多少のイレギュラーはあるかもしれないが、基本的に決まりきった毎日だろう。

休みにやりたいことがない

趣味というのはなかなか見つからないものだ。自分は好きなことは色々あるが、趣味というレベルなのだろうかと思うことはある。
旅行も頻繁に行けるわけではない。何かをするにはお金もエネルギーもたくさん必要だ。
日々の疲れをとるために何もしたくないことも珍しくない。
毎週末こんな風に過ごしていると、それは退屈に決まっている。

責任がない

独身だと背負っているものは少ない。
自分が何とかしなければいけないことは非常に少ない。
明日、職を失っても正直問題ないくらい、独りというのは気楽なものだ。
だからと言って、何かを背負いたいわけではない。身軽なまま生きていきたい。

何もしたくない

ここまで書いてきたが、結局何もしたくないのだ。
人間とは本来、怠惰な生き物なのではないだろうか。

人類は何万年もアフリカで必要な分だけ狩りをして、ほとんど寝て過ごしていたという。
人類が火なんて手に入れなければと何度思ったことか。

本当は何もしたくないが、自由に使えるお金は欲しいので働く、仕方なく。

正論は求めていない

人生が退屈な理由は、本人の責任だと言われる。
「何かすればいいじゃん」、「とりあえず動け」だそうだ。正論なのだろう。こちらも大人だ、そんなことは分かっている。
その上で、今の生活を選んでいるのだ。選んだこととはいえ、愚痴くらい言わせてほしい。
欲しいのは正論ではない。

人生は退屈なものである

これは、現代日本に生まれたほとんどの人に当てはまるはずだ。
みんな、必死に何かで埋めて気付かないようにしているだけだ。
そして、考え込んでしまう人だけがこの思考に陥ってしまう。なぜ冷静な人が損しなければならないのか、気に入らないがそういうものなのだろう。

そして、充実していると思っている人は、この考えにあまり共感できないらしい。
平気でこちらを否定してくる人もいるので気を付けてほしい。愚痴る相手は選ぼう。
完全に偏見ではあるが、そこまで的外れではないと思う。

そして、どんなに退屈でも、瞬間風速みたいな時間もあるだろう。
淡々と退屈wを感じながら、たまにある楽しい瞬間に期待しつつ、なんとか生きていこう。

プロフィール

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ロナ
会社員、寄り道中。

エンジニアとして働く30代の会社員。 旅行や読書、資格の勉強など、 興味を持ったことを気ままに楽しんでいます。

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